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冴羽一写真館vol.10

「勝ち組」「負け組」

よく、「勝ち組」「負け組」なんて言葉をみみにする。

ごく一般的な考え方からすると、「勝ち組」とは富める人たちのことをいい

「負け組」とは金銭的に貧しい人たちのことをいうのだろう。

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この世がいかに「金」で成り立っているかという事がよくわかる。

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「勝ち組」といわれる人。「負け組」といわれる人。

もちろん、いまは貧しくても将来は大成功して大金持ちになる人もいるだろうし、

莫大な富を独り占めしていても明日には身包みすべて剥がされることだってある。

努力して頑張って「勝ち組」になるのもいいだろうし、

今に溺れて気がついたら「負け組」になっていたというのもそれはその人の自由。

大金を手にしたら「俺は勝ち組だ!」と誇らしげに自慢してみるのもいいだろう。

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しかし、冴羽一から見ればそんなものは所詮は一瞬の幻だ。

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人はすべて、生まれてくるときも、死んでいくときも裸だということ。

「勝ち組」、「負け組」、そんな小さな概念だけににとらわれている間はまさしく敗者だろう。

本当の意味で「勝つ」「負ける」という概念は所詮は自己の中にしか存在しない。

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冴羽一にとって、自分が本当に成し遂げなければならない目標にむかって進むことこそが

「闘い」であり「自己表現」でもあるのだ。

人生においてビジョンを持つことはとても大事だ。それにたいして自分はどれだけやったかということ、

自分が精一杯やったかどうかという事。

それを人がどう評価するかは大切なことではあるけれど二の次であり自分で納得いくかどうか。

自分の意思を曲げて、他人から評価をえてもそれは本当の意味での成功とはいえないだろう。

「勝つか」「負けるか」

それは自分をつらぬきとおせるかどうかの自己との闘い。

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冴羽一はいう。

「自分が「勝ち組」になるか「負け組」になるか、僕はそんなことには興味はない。とにかく自分が納得ができるかどうか。」

「9割の犠牲の上に1割の「勝ち組」がなりたっているというけれど、僕が理想とする社会ではみんなが「勝ち組」。」

「ほんとうに勝たなければならない相手は自分自身なのに・・・・・」

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不死鳥冴羽一の闘いはおわらない。

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